【モノ売りからコト売りへ】大手楽器メーカーFenderが見せたDXによるV字回復 - 株式会社STANDARD

【モノ売りからコト売りへ】大手楽器メーカーFenderが見せたDXによるV字回復

DX・AI技術・事例解説

この記事の目次

  1. 追い込まれた老舗楽器メーカー
  2. CEOに就任したアンディ・ムーニーが牽引したDX
  3. モノ売りからコト売りへの転換に成功
  4. データを活用してユーザーにさらなる有益なサービスを
  5. まとめ

DXの重要なテーマの1つとして、モノ売りからコト売りへのビジネス転換があります。

内閣府が行った世論調査では、今後の生活において心の豊かさと物質的な豊かさのどちらを重視するかという問いに対し、「物質的にある程度豊かになったので、これからは心の豊かさやゆとりのある生活をすることに重きをおきたい」と回答した人が62.0%に及びました。

このことから、これまでのような物質的な豊かさを満たす製品やサービスから、心の豊かさを満たすような製品やサービスの需要が高まっていることが推測されます。

製造業はこれまで、製品を生産し、提供をする「モノ売り」で利益を得てきました。しかし、これからは製品の販売料ではなく、今後は購入後のアフターフォロー等のサービスなど、ユーザー体験で収益を得る「コト売り」に転換していこうという流れがあります。

本日は、その代表的な事例である楽器メーカーFenderのDXについて解説します。

追い込まれた老舗楽器メーカー

「ギターのFender」と呼ばれたFender社

Fenderとは70年以上の歴史を持つ老舗ギターメーカーです。1946年に設立されて以来、「ギターのFender」として世界中から愛されています。

その愛称のとおり、ギターやベース、その関連商品であるアンプなどを中心に製造・販売していました。

ギター業界の衰退

しかし、少子化や趣味の多様化などの影響からギター業界は縮小しており、売り上げは2003年から2012年の10年間で3分の2に落ち込んでいました。

業界縮小の影響は業界大手であるFenderにも及んでいました。Fenderの負債は2012年時点で、2.4億ドルまで膨らんでいました。

これは当時の為替レートで約200億円にものぼり、Fender存続の危機を迎えました。

CEOに就任したアンディ・ムーニーが牽引したDX

敏腕経営者が顧客データから見出したインサイト

そんな中、2015年にアンディ・ムーニー氏がFenderのCEOに就任しました。ムーニー氏は、NIKEやDISNEYなどの大手企業でCMOや社長などを歴任した、経営のプロフェッショナルとも言える人物です。

ムーニー氏の参画により、経営を立て直すための様々な施策が打たれるようになりました。その皮切りは、就任直後の2015年に行ったイヤホンメーカーのAurisonicsの買収と、オーディオ業界への参入でした。

また、それと同時に1年もの時間をかけてギターを購入した顧客のデータを集め、分析をしたところ、重要なインサイトに行き着きました。

それは「1年間に購入されるギターのうち、45%が初めてギターを買う人によって購入される」ことです。

そして、ギターを始めた人の90%は1年以内に弾けるようになる前にギブアップしてしまい、残りの10%の人たちはギターを続け、人生で5-7本ほどのギターを買うということが分かりました。

ムーニー氏は、このギブアップ率を10%下げるだけでギターの売上は2倍になると予測しました。(ムーニー氏への取材より)

そして、ギターを諦める人を減らすようなサービス提供をすることで売上の向上を狙いました。また、売上向上の内訳として新たなギターの購入だけではなく、ギターの弦の交換やメンテナンスなど、継続的な収益も期待されました。

モノ売りからコト売りへの転換に成功

ギターを諦める人を減らすeラーニングサービスの提供

そして2017年、オンラインでギターやベースを学べるeラーニングのサービス「Fender Play」の提供を開始しました。

FenderPlayとは、ギター初心者に向けて演奏技術を教える独自アプリケーションです。月額10ドルほどで様々な動画講座や学習ツールにアクセスすることができます。

ギターを弾けるようになるには、もちろん練習が必要です。独学で習得することもできますが、どうしても独学では離脱しやすく、ギター教室に通う人も多いのが現状です。

しかし、教室に通うとなると時間も手間もかかり、近くに教室がなかったり、相性が合う先生が見つからない可能性もあります。そうした環境からも、個人の先生に習うよりも、オンラインでギターを覚えたいというニーズがあることは明白でした。

Fender Playは、ギター、ベース、ウクレレまですべてのプログラムにトライアルレッスンを用意することで、初心者でも始めやすいのが特徴です。まさに、初心者の段階で離脱しやすい市場の特徴を掴んだサービスとなっています。

こうしたムーニー氏の狙いは見事に的中し、Fender Playはリリース直後から利用者が急増しました。最初の1週間で10万人が登録し、2020年には利用者が100万人近くまで増加しました。

月10ドルのサービスを100万人が使うということは、月間の売上は1億円近くになります。ギターを販売する、フロー型のビジネスからストック型のビジネスへの転換に成功したといえます。

モノ売りに執着した競合との明暗

Fenderがビジネス転換に成功した要因のひとつに、「モノ売りからコト売りに転換できたこと」が挙げられます。

「顧客はドリルを求めているんじゃない。穴を求めているんだ。」というレビッドの言葉は有名ですが、ギターの場合もギターというモノを求めていたわけではありませんでした。ギターを弾く体験がしたいため、ギターを買います。

この顧客ニーズを正しく捉えることができたため、Fender社は顧客への提供価値を高めることができたのです。

実は、Fenderの成功の裏側に対局となる会社が存在します。同じくギターを販売していたギブソン社です。

ギブソン社は2018年5月に破産申告をする結果となりました。ギター業界の不調を受けて、ギブソン社がとった戦略は「楽器ラインナップを増やし、総合楽器メーカーになる」ことでした。コト売りになったFenderに対して、モノ売りに徹したのがギブソンだったのです。

しかし、他の楽器にはその楽器の著名なメーカーが存在しますから、なかなか思うような成長は実現できませんでした。

モノが不足していた時代は、プロダクトを作って販売すれば消費者がいました。しかし、モノが充足し、モノづくりのスピードも早まった現在では、プロダクトは陳腐化しやすいです。「同じ品質のものがあるなら、より安いものを。」と価格競争も激化していきます。

しかし、モノではなくコトを売ることで、「ギターを弾ける自分」「ギターを通した人とのつながり」などにユーザー価値が変化していきます。「もっとかっこよく弾きたい」という気持ちから、より高いギターを求めるようにもなるでしょう。

このように、物的に満たされてきた現代では、モノ売りからコト売りに転換したFender社に軍配が上がりました。

関連:AI導入のメリットとデメリットは?わかりやすい具体例で解

データを活用してユーザーにさらなる有益なサービスを

Fender Playをリリースした後も、Fender社はさらなる施策のためのデータ取得に力を入れました。

Fender Playでのeラーニングを始める際に、ユーザーには楽器の種類、年齢、性別、居住国などのデータを入力してもらいます。アプリを立ち上げている時間から、ユーザーごとの学習時間や学習時間帯などのデータも取得することも可能になりました。

他にも、楽器のチューニングができるモバイルアプリ「Fender Tune」を無料で提供しました。このアプリもヒットし、2020年時点でAndroidアプリだけでもダウンロード数が100万DLを超えています。

Fender Tuneによって人々がどの時間帯にどの楽器を演奏しているのかというデータも取得することが可能になりました。

これらのサービスから取得したデータは次なる戦略立案・実行に非常に有益なものとなります。このようにしてムーニー氏は「ギターを諦める人を減らす取り組み」を進めていきました。

そんな戦略が功を奏し、一時は落ち込んでいたFenderの売上は年々向上し、2019年の売上高は6億ドルに達しました。ギター業界は衰退していくと言われてきた中で、考えられない数値でした。6億ドルは当時のレートで約650億円になります。

このようにムーニー氏の指揮の下でFenderの経営は上昇気流に乗っていました。

コロナウイルスによる巣ごもりも成長を後押し

そのような中、2020年に新型コロナウィルスが世界的に流行しました。ユーザーのニーズの変化も著しく、多くの業界では迅速なビジネスモデル転換の対応を迫られました。

Fender社も一時は業績を落としたものの、あるときから巣篭もりによるギターの需要が急激に増加しました。ロックダウンにより巣ごもりを強要され、時間を持て余していた人々が、室内でできる趣味として楽器に興味を持ち始めたためでした。

こうしてビギナーが増えることで、ビギナーに向けたeラーニングサービスも運営しているFenderには強い追い風となりました。2020年は生産が追いつかないほどの注文が入るようになり、2020年の売上は2019年を超える7億ドルと推定されています。

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まとめ

このように時代の流れを読み、DX化を進めたことで低迷していたFenderの経営は大きく飛躍しました。

DXというと、デジタル技術を導入することがどうしても注目されがちですが、本質はそこにはありません。

顧客が求めているものはなにか、顧客への提供価値を高めるにはどうしたらいいか、見直したものを提供するための手段としてデジタルがあります。

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参照:

70年の歴史を持つ“ギターのFender”が取り組むデジタル戦略–CEOが語る新規事業

ギター需要が急増、Fenderの売上高は過去最高に…オンライン学習システムも後押し

フェンダー社とギブソン社の明暗が分かれた理由【サブスクリプション事例集】

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